消えゆくスタジオ

2011年11月30日

ここ数年、レコーディングスタジオ閉鎖の知らせが相次いでいる。

ProToolsが登場して以来、プロユースのレンタルスタジオと個人持ちのプライベイトスタジオとの境界が曖昧になった。それまでは機材、特にマルチテープレコーダー(テレコ)の問題から、本番のレコーディングはレンタルスタジオ、プライベイトスタジオではプリプロやデモ作業、といった具合に棲み分けができていた。

双方のスタジオ間は互換性がなく、ひとたび本番のレコーディングが始まると、そのまま最後(ミックスダウン)までレンタルスタジオを使い続ける必要があった。SONY3348を個人所有するのはさまざまな問題から現実的ではないため、プライベイトスタジオ(プリプロ)からレンタルスタジオ(本番)へ、この道筋はほぼ一方通行であった。

しかし録音媒体がテープからハードディスク(オーディオファイルデータ)へと変わったことで、「持ち帰る」という選択肢ができた。持ち帰ったデータを元に、ダビングしたりエディットしたり手を加え、それをまたレンタルスタジオへ持ち込み、そしてまた持ち帰る。一方通行ではない双方向のやり取りが容易くできるようになったのだ。

それでもこういったスタイルが広まった当初は、メインはあくまでもレンタルスタジオであり、持ち帰ってする作業はオプションの扱いだった。それが徐々に逆転するようになり、もはやスタジオでのレコーディングは特別なことになりつつある(と私は感じる)。

近年の音楽業界の低迷は目を覆うばかりで、原盤制作費は縮小の一途を辿っている。それに歩調を合わせるように、スタジオレンタル料金も下がり続け、いまでは全盛期の半値以下にまでなった。まだ生き残っているスタジオもすでにディスカウントは限界に達し、赤字ギリギリの経営になっていることだろう。現有機材の入れ替えや改修工事が必要になったとき、それを行う体力は残されていないかもしれない。

時代の移り変わりにより産業の興亡は必然である。音楽産業が衰退すれば、その工場たるレコーディングスタジオが消えてゆくのも仕方がないことなのだろう。レコーディングに関わるものとして気が滅入るこの頃である。

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いまの私を育ててくれたスタジオのひとつ、河口湖スタジオも2011年9月30日をもって閉鎖されてしまった。運良く、、と言うには少し憚られるが、エンジニアとしてその最後に立ち会うことができた。あれからもう2ヶ月が過ぎようとしている。

時間の経過したスタジオにはそれぞれ特有の落ち着いた響きがある。これは簡単に作れるものなんかでは決してない。河口湖スタジオがオープンして28年、この歳月が作り出したサウンドはもう戻って来ない。

スタジオが消えれば、そこで働くエンジニアもまた消えてゆく。レコーディング技術の継承が行われなくなり、職人技も消えてゆく。奇跡的なレコーディングの目撃者、それを語るものがいなくなるのも悲しいことだ。

久留米レコーディングレポート~5日目

2011年10月26日

〜ここに彼らがいたから〜

久留米でのレコーディングもついに最終日。昨夜の雨は寝ている間に上がっていた。それでも外はまだ薄曇り。

今日はラスト1曲のレコーディングに加え、プロモーションビデオとジャケットの撮影も控えている。昨日の快進撃がなければ、ちと苦しいスケジュールだったかもしれない。

アルバムに収録される曲は、トラヴェラーズのカバーである「Black Cloud」を除き、今回のため書き下ろされたものばかり。例外はアルバム表題曲となった「RUBBER TOWN」。これは以前、別プロジェクト用に書かれた曲なのだが、運悪く日の目を見ること叶わずストックされていた。

この曲の出来映えに手応えを感じていた尚之さんは、いつの日かチャンスが巡ってきたら世に出したい、そう思っていたという。もとはサックスがメロディーを受け持つインスト曲。それが今回、晴れてヴォーカル曲となり生まれ変わった。

心配していた歌詞はすでに届いており、大サビを唄抜きのカラオケでレコーディングするという、最悪の事態は回避された。なぜここまで追い込まれたのか、それにはちょっとしたワケがある。その顛末を説明しておこう。

実は何日も前に歌詞は届いていた。しかし尚之さんから詞の内容についてあるリクエストがあり、全面的な書き直しを小鹿さん(作詞家)にお願いしていたのだ。

これはとても珍しい出来事。ちょっとした語尾の言い回しなどはさておき、内容について尚之さんが意見することなどこれまでは皆無であった(注1)。チェッカーズからF-BLOODにいたるまで「詞は兄、曲は弟」という暗黙の図式により、「歌詞に対してはノータッチ」というスタイルが藤井尚之の中に形成されたと思われる(私の勝手な推測だが)。

その弟が出来上がってきた歌詞を見て「書き直してほしい」と言った。この曲には当人だけが知る何か特別な思いがあるのだろう。それは曲タイトルを「RUBBER TOWN」へと変えたことからも窺い知れる(注2)

いよいよ最後のレコーディング。

ヴォーカルマイクはM4で使ったaudio-technica AT4050を再度用意。指向性の広いコンデンサーマイクの使用が奏功し、ちょうどいい具合のカブリ音が得られた。特に武田弟さんのサックスがその恩恵を受け、プレイの力加減、それによって変化する音色は美しい。

末房さんはマレットを持ち、ミュートしたタムをポコポコ叩きながらシンバルを織り交ぜたプレイ。大サビ後のブレイクで、マレットからスティックへと持ち替える。注意して聴くとマレットを置いたときの「カタッ」という音が、余韻の中で聴こえるハズだ。ノイズマニアの方はヘッドフォンで聴いてみるのもいいだろう。

初見の歌詞ということで、唄い回しを確認しながらユルユルと進むレコーディングも、テイク4あたりから急にギアを入れ替えていく。ヴォーカルのリズムは滑らかになり、サウンドに一体感が出始めた。もういつOKテイクが生まれてもおかしくはない。デリケートな曲ということもあり、イントロのサックスが始まってからエンディングの余韻が消えるまでの約5分、身動きするのも憚られるような緊張が続く。

そんな中、唄っている尚之さんのすぐ脇をすり抜けゴミを捨てにいくH氏を目撃したり、撮影のため来ていた女性陣が後ろで爆笑しながら会話していたり、、。ノイズには寛容な私も肝を冷やす場面が何度かあった(注3)

そんないくつかの山を乗り越え、7テイク目でOKを掴み取る。これでアルバム全14曲、緑音完了。あとはデータのバックアップだ。

バンドメンは休む間もなく衣装に着替え、プロモ撮影が始まる。曲は「ロンリー・シガー」と「Do You Have A Room」。それが終わると次はジャケット撮影へ。

オイリーズカフェ前の道路で、歩行者や自転車と共に行われた撮影もつつがなく終了。これで久留米での仕事はコンプリート。盛大なバラシをしてお世話になったオイリーズカフェを後にする。やはり名残惜しい。

打ち上げはお馴染みの「やきとり天神」で。ここへは5日間のレコーディング中、4日通うというヘビーローテーションであった。
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このところ時間の経過が早くなった(注4)、そう感じる人は少なくないだろう。ヒトの生物学的な寿命に反比例して、世の中のサイクルは日に日に短くなってゆく。次々とアップデートされていく出来事を追いかけているだけで、ココロに留めておくヒマもない。

アルバム表題曲「RUBBER TOWN」、これについていた仮タイトルは「lejende」という。10年20年後、このアルバムは人々のココロにどう刻まれていることだろう。レジェンドとまではいかなくとも、時の試練に耐え抜いていてほしい。

何処かで誰かがこのアルバムを聴くことで、パッケージされたオイリーズカフェでの5日間、その空気が解き放たれる。それがずっと先の未来でも繰り返されていることを切に願い、長々と続けてきたレポートを締めくくる。

ひとりでも多くの人に「RUBBER TOWN」が愛されますように。末永く。

おわり。

(注1)長年にわたり藤井兄弟のディレクターをしている倉中さんがそう言っていたので間違いないだろう。
(注2)「RUBBER TOWN」とはゴムの町「久留米」を意味している。ちなみに作者の小鹿さんがつけていたタイトルは、、、ここでは教えない。
(注3)ノンフィクションだがオーバーに言っているので、関係者各位、ヘソを曲げることのなきよう。
(注4)小学生の我が娘ですらそんなことをつぶやくのだから、、いよいよ世も末である。

久留米レコーディングレポート~4日目(2)

2011年10月21日

〜大サビの歌詞がないから〜

届いた歌詞は曲にマッチした素敵なストーリーで、尚之さん、倉中さんともに大満足していた。ただ残念なことに一部分足りない。大サビがゴッソリと抜け落ちていたのだ。そこで倉中さんは詞を書いた小鹿涼さんに連絡を入れ、歌詞の追加をお願いした。どうやら2~3時間待てば大サビが届くらしい。

気を取り直してM9「Oh Marie」。すでに8テイクものストックがある。昨日はテイク数が増えるほど、迷宮の奥地へと入り込んでしまった。

今日はファーストテイクからひと味違う。力強さを秘めた弾力性のある演奏により、聴き手は音の輪の中へと自然に引き込まれる。続けてやったテイク2がエクセレント。もうこれで充分だろう。しかしバンドメンの演奏意欲は衰えず、テイク3へ。

これも素晴らしい。どちらでもOKとなりえるテイクだが、ヴォーカルの出来からいえばテイク2に軍配が上がる。昨日から数えて11テイク、この曲だけのアルバムが作れそうだ。

次はM11「God Speed」。曲の始めからずっと動きっぱなしのベースライン。武田兄さんの左手がつってしまうのではないかと要らぬ心配をしてしまう。しかしそれは杞憂というもので、心身の健康が保たれたまま仕上がった。3テイク録り最終テイクがOK。

間髪いれず、M10「0942」へ。保留しておいたテイク4、まずはこれを聴いてみる。一日寝かして熟成したのか、昨日受けた印象よりもかなりいい。もうこれをOKにしていいんじゃないか、、、と思ったが、そんな雰囲気ではなく皆ヤル気満々のご様子。

2テイク録ってみて聴き比べる。結果は満場一致、テイク1がOKとなった。前日を遥かに超えたプレイで文句ナシ。

ついに5曲目。初日に難航したM2「Night Flight」に突入。ユルいテンポになった2日目のテイクも悪くないのだが、尚之さんは初日の感じに戻したいらしい。これも初日の迷いがウソのように、2テイク目でOKが録れた。

これで予定していたミッションはオールクリア。それでもまだ17時を少し過ぎたところ、メンバーの気力、体力もまだ残っていそうだ。今日の調子も含めて判断すれば、ここで切り上げる理由は何も見当たらない。というワケで、望外の6曲目に突入する。少しやってみてダメそうなら中止して明日に持ち越せばよい。

曲はM14「Black Cloud」。2~3時間で届くはずの歌詞がまだ来ない今、残っているのはこの曲だけだ。

これはトラヴェラーズのオリジナル曲。それを藤井尚之がカバーするという企画だ。1番のメインヴォーカルは石原さんで尚之さんはコーラス。2番はその逆、3番はまた元に戻る。そういう形で唄い分けをした。

ライブで何度もやっている曲なのだろう、ファーストテイクから全快だ。勢いで3テイク録り、その3テイク目がOK。しかし曲の出だしはひとつ前のテイク2が絶妙で、それを捨て去るのはどうにも惜しい。そこで禁断の編集を施しOKテイクを作った(注)。こういう編集作業をすると「ProToolsが使えてよかった」そうしみじみと思う。

怒濤の6曲完パケ。カフェ内に漂う異様なパワーに背中を押され、突き進んできたように思える。いまだ連絡のない歌詞の行方は気がかりだが、ようやく着地点が見えてきた。残すところあと1曲。

今朝テレビで観た天気予報が当たり、外は雨模様。その中を小走りに「やきとり天神」へと向かう。

関係者一同、今日一日の満足度は高かったようで、ミーティングは大いに盛り上がり、気づけば午前1時を経過していた(レコーディングよりもミーティングの方が長いかもしれない)。昨日とは違う疲れがアルコールと相まって心地よい。

店を出ると雨は激しさを増していた。いよいよ明日は最終日。この雨は上がっているだろうか。

つづく。

(注)曲を聴いて編集ポイントに気づいた方がいらしたら、ぜひご連絡を。

1曲目に「Black Cloud」が入ってます

久留米レコーディングレポート~4日目(1)

2011年10月17日

〜そこにホットドッグがあるから〜

今日は曇り。天気予報では夕方から雨と言っている。今はまだ雲の合間から時折薄日も差すほどで、相変わらずの蒸し暑さ。

本日、我々に課せられたミッションは、最低でも4曲、できれば5曲録りきること。なるべく最終日への負担(精神的なことも含め)を軽くしたい。皆が今宵の安眠を手にするためにも、今日一日の結果はとても重要である。

昨日カフェが定休日であったため、セッティングはそのまま残っている。電源をいくつか入れればもうスタンバイOKだ。

スーパーの袋を下げた倉中さんが、おつかいから帰ってきた。駅にある「にしてつストア・タミー」への買い出しが日課となっているようだ。その買い物袋の中には、オレンジ色で「HOT DOG」と書かれた、まるで巨大なキャンディーが包まれているかのような物体が入っている。

その物体は、久留米名物「キムラヤホットドッグ(注1)」だと聞かされた。勧められるまま、ひとついただく。

ここで「キムラヤのホットドッグ」を少し解説しておこう。

一般的にホットドッグとは、真上から切れ目を入れたパンに温かいソーセージを挟み、ケチャップやマスタードをかけたものをいう。だがキムラヤはそんな常識にとらわれたりはしない。パンの切れ目は真上ではなく、右サイド(見る人によっては左サイド)に入れ、そこへ昔懐かしいフチの赤いハムを二切れ、その上にはキャベツのコールスローが乗せられている。

コッペパン、赤ハム、コールスロー、なんの気負いもない食材が織りなすハーモニーは絶妙。ひと齧りすればノスタルジックな思いが胸に去来する。時代を問わず愛されてきたことだろう。この包み紙の中は時間が止まったままだ。時を越えた味、久留米が誇るソウルフードのひとつと言える(注2)

さらに倉中さんは、私にこんなものも買ってきてくれた。

ホットドッグストラップ。この台紙にはホットドッグ命名の由来が書いてある(注3)

さて、いつまでもホットドッグを食べている場合ではない。

本日の1曲目、M12「Dear me!」を開始する。この曲だけドラムサウンドが他とは異なる。

上の写真が他の曲、下が今の曲。バスドラムのフロントヘッドを外したことにより、アタックがシャープになった。

さらにマイクを1本追加。武田兄さんのコーラスマイクは出番がないのでその回線を使い、Fostexのリボンマイクを立てた。型番は「M11RP」という。これももちろんH氏コレクションの中からお借りした。

それをドラムの真ん中、Topマイクと同じくらいの高さにボンヤリと立てておく。

ドラムのチューニング、サウンドが決まればこの曲はもう終わったようなもので、何の問題もなく仕上がった。3テイク録り、最終テイクがOK。

ブレイクタイム中に吉報。M13「RUBBER TOWN」の歌詞が届いた。他の曲はここへ来る前に用意できていたが、これだけは歌詞のないままレコーディングに突入していたのだ。尚之さんは届いた歌詞に目をやり、メロディーに乗せ軽く口ずさんでいる。感触はよさそうだ。

唄い手の体調によって大きく左右されるヴォーカル曲を、全く手を付けないまま最終日に残しておくのは危険である。この曲は是非とも今日中にやっておきたい。

しかしここである問題に遭遇する。

つづく。

(注1)尚之さんから先日得た情報によると、久留米のコンビニでは「久留米ホットドッグ」というコピー商品が出回っているそうだ。
(注2クロボー製菓「黒棒」も、同じカテゴリーに入るだろう。この「黒棒」と「えんどう豆かりんとう」を、オイリーズカフェオーナーからお土産としていただいた。素朴で飾り気のない味がとても美味。豊福さん、ありがとうございました。
(注3)「昭和23年頃、創業者が『ホットドッグ』と聞いて『暑がる犬の舌』を連想し、プレスハムの三角部分をパンからはみださせたことが、キムラヤ『ホットドッグ』の由来です。」と書かれている。なるほど、それを知ってから喰えば、味わいも少し変わってくる(かも)。

久留米レコーディングレポート~3日目(2)

2011年10月14日

〜そこに義母がいるから〜

順調に2曲を消化し、次はM9「Oh Marie」に突入(注)

これもヴォーカル曲で間奏にはサックスもあり。唄終わりから間奏の入り口へは1拍しか間がないので、尚之さんは忙しい。でもダビングにはせず、もちろん同録。

前曲で使ったRE20をサックスへ戻し、ヴォーカルはSM58で。コンデンサーマイクも頭にチラついたが、ドラムの音量を考えるとダイナミックマイクにするのがベター。このへんの兼ね合いは悩ましいところだ。

この録音は難航した。1時間30分ほどの間に録り溜めたテイクは8つ。しかし、これ、というテイクがなかなか出ない。唄声からは次第にツヤが失われ、少し掠れ気味に。こうなった以上、無理は禁物。諦めて後日(といっても明日か明後日)リトライする。

カフェ内には気怠さを含む澱んだ空気が揺れ動く。それが浄化されることを期待し、長めのブレイクタイムを設ける。再開時、時計の針は18時をまわっていた(ちなみに今日はカフェ定休日なので19時終了という制限がない。セット替えもナシ)。

本日のラストになる4曲目は、M10「0942」。仮タイトルが「swing」と名付けられたjazzテイストなインスト曲。このタイトルになった数字「0942」は久留米の市外局番である。

何も考えずダラッと始めたファーストテイク。これが心地よいユルさでかなりいい。ついに一発OK、奇跡のファーストテイク誕生か、と思われた。しかし間奏にある3人のソロパート(ギター、サックス2人)の順番が違うということでNG。

「ギター〜藤井弟サックス〜武田弟サックス」という予定が「藤井弟サックス〜武田弟サックス〜ギター」となっていた。自然にその形になったのならそれでもいいじゃないか、とも思ったが、前後のセクションの繋がりからいえば、確かに予定していた順番のほうがいい。

そういうワケで奇跡は幻と消え、テイク2へ。途中で止まったテイク3、無難にまとめたテイク4と続く。このテイク4は決して悪くない出来だったが決定打に欠け、テイク5へ。

ここで急に演奏が粗くなる。集中力が切れたのか、メンバー全体に散漫さが感じられた。この辺が引き際か。唯一及第点を超えたテイク4を仮OKとし、本日は終了。時刻は20時に迫っていた。

途中でミスしたらもう一度アタマからやり直し、そんなプレッシャーがかかる中でのレコーディングが続き、みなさんお疲れの様子。残り2日であと7曲、余裕は無くなってきたが、まあ何とかなるだろう(と期待する)。

今宵の夕食は気分を変え「おゝ竹」へ。盛り合わせの串焼きがウマそうだ。

アットホームな感じのこのお店は、武田兄さんの義理の母が切り盛りしているのだという。食べ始めてから知らされた。串焼きはウマいし、何気ない焼きそばも絶品である。お世辞でなく、ホントに。

通りを挟んだ斜め向かいには市立城南中学校がある。武田さんと、チェッカーズのリーダーであり現在はアブラーズ営業担当のアンバサダー武内(享)さんの母校だと聞いた。昨日、一昨日と2日続けて通った「やきとり天神」のマスターも武田兄さんの同級生だとか。密度の濃い人間関係が久留米にはある。

ごちそうさま。

(追伸)当日私は撮影を怠り「おゝ竹」での写真は一枚もありませんでした。今回使った写真はすべて武田兄さんが先日撮影してくれたもの。私のワガママな要望を快諾していただき大変感謝しています。ありがとうございました。

つづく。

(注)老婆心ながら申し上げると、タイトルは「おー、まりえ」ではなく、「おー、マリー」なのでお間違えなきよう。

久留米レコーディングレポート~3日目(1)

2011年10月12日

〜そこにクマがいるから〜

久留米でのレコーディングも折り返し地点、3日目の朝を迎えた。空にはところどころ薄い雲が広がり、昨日のような青空は望めない。それでも雨が降ることはないだろう。

外に出ると澱んだ熱気にやられ気を失いそうになる。昨日よりも蒸し暑い。少し散歩しただけで身体中まとわりつく汗がとても不快だ。たまらず近くにあった自販機にコインを入れ、久しく飲んでいないコカコーラで全身を潤す。砂漠でオアシスに辿り着いたような気分。

3日目ともなると、毎昼の儀式となったセット替えにも慣れてくる。翌日のセッティングを考慮した効率のよいバラしかたの発見により、短時間でのスタンバイが可能となった。楽器を準備するメンバーも今日は余裕が感じられる。と同時にどこか気怠さも漂っていた。

昼飯に昨日と同じうどんの出前をとる。九州特有のコシのないフニャっとするうどんだ。

カフェの奥でそれを啜っていると、急に背筋がゾクッとし、誰もいないはずの背後から視線を感じた。箸を止め振り返っても、もちろん誰もいない。こういった現象(不意に背後が気になり振り返って確認するが何もない)は、夜中ひとりでいるときなどたまに起こることで、誰しも少なからず経験があるだろう。しかし今は真っ昼間、ひとりきりでもない。

気を取り直し、再びうどんを啜る。しばらくするとまたゾクッとし、慌てて上体を捻るが、やはり誰もいない。そんな動きをあと2回繰り返し、ついに視線を発する主を見つけた。

クマだ。彼には間違いなく何かが宿っている。

白と茶色、2匹のクマはここの住人であり、24時間保証の警備員であり、陰のオーナーでもある。彼らの目の黒いうちはオイリーズカフェも安泰だろう。現地に行った際にはぜひ挨拶することをオススメする。

さて本日の1曲目。昨日順番を飛ばしたM6「Black Jack」から。ベースで始まりベースで終わるインスト曲。武田兄さんが主役だ。

この曲にはパーカッションが登場。間奏前半、尚之さんが吹くサックスソロのバックにシェーカーが入っている。これも普通ならダビングに回すパートだろう。だがここでもそうはしない。末房さんにお願いし、持ち替えで同時にやってもらった。

この手のパーカッションは、オケ中での置き所が難しい場合もあるが、これはちょうどよいタッチの演奏でバランスが取りやすい。ナイスプレイ。5テイク録り、最終テイクがOK。今日もよい滑り出しだ。

2曲目はヴォーカル曲、M8「Silly My Love」。これも尚之さんは手ぶらで唄う。

ヴォーカルマイクはSM58で始めた。悪くはないのだが、もうひとつ何かが足りない。しかしコンデンサーマイクのAT4050というのも少し重い気がする。迷った末、サックスで使っているRE20を立ててみた。

これがピタリとハマる。マイクが決まると仕上がりは早く、RE20で3テイク録り(SM58で1テイクあり)、最終テイクがOKとなった。

この曲も石原さんのコーラスが入る。もちろん同録がよかったが、諸事情(注1)によりダビングとした。これまでずっと続いていた一発録りもここで途絶えることに。

OKテイクにコーラスをダビング。マイクはヴォーカルに合わせRE20で。石原さんがヘッドフォンを嫌がったため、ダビング時にはプレイバック用の(ドラムカンの上に乗った)スピーカーを軽く出して行った。ダビングといっても何度もやり直したりはせず、ほぼワンテイクで済んだ(注2)

さらに石原さんのリクエストで、イントロにカスタネットをダビング。プレイは石原さんと末房さんの2人で。マイクは特に用意せず、Roomマイクとして使っているAKG451(NEW)をそのまま流用し、少し離れた位置で収音した。こういったアタックの強い音は、オンマイクで録っても「点」になるだけでオケと馴染まない。たっぷりと空気を含ませて録音した。

トントン拍子で2曲終了。昨日のいい流れを引き継ぎ、本日の前半戦は順調そのもの。しかしいいことばかりは続かない。苦難の後半戦が幕を開ける。

つづく。

(注1)コーラスを入れる箇所、どういった旋律で唄うかなど、不確定のことがあったため。同録だと引き算は難しいので。
(注2)後日、データを確認していて重大なミスに気づく。ダビングし忘れた箇所があったのだ。コーラスは「離れれば〜」から始まるBメロ全般と、曲終わりの「Silly My Love〜」というところに入っている。この曲の構成は「イントロ~A~B~A’~間奏~B’~A~B~A”~終わり」といった感じで、通常のBメロ以外にもう一カ所、間奏あけに4小節だけのBメロがある。それを見落としていた。この辺の注意力の欠如は年齢によるものか、レコーディングが順調に進んでいることでの油断か。この欠けた部分は、M5「WhiteBrown」のコーラスと同様、トラヴェラーズの3人に録音をお願いして送ってもらい、事なきを得た。

久留米レコーディングレポート~2日目(3)

2011年10月8日

〜きょうは湿気がないから〜

M4「Ritmo Sereno」開始。
とりあえずセッティングはそのままでファーストテイク。前曲でサックスを持ちながら唄った尚之さんは手ぶら、唄に専念する。石原さんは引き続きコーラスあり。もちろん同録だ。

ドラムはスティックをブラシに持ち替え、ヴォーカルも囁くように唄い出す繊細なタッチの曲。尚之さんにはできるだけオンマイクで唄ってもらう。しかしSM58の限界か、オケとの馴染みがどうもいまひとつである。もう少し深さ、輪郭の大きさが欲しいところ。ここはコンデンサーマイクの出番だ。H氏のマイクコレクションの中からaudio-technica AT4050を選択。

ここで問題発生。ウィンドスクリーンがない。ヴォーカルは全曲、それを必要としないSM58で録ろうと考えていたため、持ち込み機材リストからは省いてしまっていた。指向性の広いコンデンサーマイクでのヴォーカル収音は、カブリ音が大きすぎて難しいだろうと頭から決めつけていたのである。

一瞬背筋がヒヤッとし、額にはイヤな汗が滲み出る。これは自作するしかないか、、頼むのは気が引けるが倉中さんにストッキングを買ってきてもらおう、、ひとり逡巡していると、ナナメ後ろの死角から不意に現れる人影。H氏だ。右手にはウィンドスクリーンが握られていた。勇み足もあるが常に半歩先を行く若旦那。四次元ポケットを持つネコ型ロボットのように、何でも出してくる。

しかしあるのはウィンドスクリーン本体だけで、マイクスタンドに取り付けるアームの部分はない。仕方なくマイクに直接テープを巻き付けセットした。見映えは決してよくないがゼイタクは言わない約束だ。

マイクを替え、気分も新たに2テイク目。やはりコンデンサーマイクはいい。唄の強弱や繊細な息づかいを漏らさず収音してくれる。心配したカブリ音も程よく、オケとのマッチングもいい。

それからさらに2テイク録り、最終テイクがOKとなった。このOKテイクの録音時、プレイバックスピーカーを切り忘れ、音が出っぱなしになっていたことをいまここで白状しておこう。しかし怪我の功名と言うべきか、それでよりいっそう空間が甘い空気で満たされることとなった(そう思うことで自分を慰めている)。

全6曲あるヴォーカル曲を、ここで立て続けに2曲録れたのは大きい。それにまだ陽も高い。小休止を挟み、次はインスト曲。尚之さんはサックスの定位置へと戻り、再びバンドが輪になって演奏する。

M5「WhiteBrown」。これは何の問題もなく録り終える(注1)。4テイク録り最終テイクがOK。怖いくらい順調だ。

ここまでレポートを追ってきて「アルバムの曲順通りにレコーディングが進んでいる」と気づかれた方もいることだろう。そう、何を隠そう曲順はプリプロからリハーサルの段階でほぼ決定しており、その順番通りに録っているのだ。アルバム全体のストーリーを思い描き、前後の曲のつながり、流れを重視してレコーディングしている、と前向きに解釈してもらって差し支えない(注2)

しかしその順番もついに崩れるときがやって来た。世の中、理想だけでは進めぬ現実もある。

M6を飛ばし、M7「Do You Have A Room」。これもインスト曲でヴォーカルはない。だが間奏にメンバー全員でコーラスの掛け合い(注3)があるため、尚之さん、石原さん、武田兄さんには、そのままの立ち位置でSM58を用意。これでマイク回線は上限である16ch分をすべて使い果たしてしまった。武田弟さんと末房さんにはマイクが立てられない。

そこで武田弟さんはサックスのマイクに、末房さんにはドラムTopのマイク目掛け、大声で叫んでもらうことにした。普通のレコーディングならば100%ダビングにするであろうこのコーラスパート。ムリヤリ同録にしたことで、ダビングするよりも面白味が出たのではないかと思っている。M7は5テイク録り、最終テイクがOK。

1日で4曲のOKテイクを録ることができた。そしてそのどれもが素晴らしい出来映え。演奏もさることながら、部屋の響きがスケールアップしている。アメージングだ。メンバーも口を揃え「今日はやりやすい」と言っていた。昨日よりも余韻が滑らかで、それ故か、楽器の混ざり具合もよりよく聴こえる。

恐らくこの違いは「湿度」の差からくるものと思われる。昨日は大雨、今日は快晴。乾湿計を用いるまでもなく、体感する湿気で両日の差は明らかだ。

楽器が発した音は空気の振動によりマイクへ、耳へと伝わっていく。壁や床の材質の違いで音の響きが変わるように、空気の質によって音の伸びやかさも変化するのだと想像できる。より多くの空気を一緒に録ろうと意識しているこのレコーディング。天気ひとつで受ける影響も少なくはない。

時刻は18時半をまわり、残された時間は僅かであったが、最後に1曲。昨日保留にしていたM2「Night Flight」を1テイクだけトライする。4曲やった疲れが出たのか、前日とは別曲と思えるほどのスローなテンポでの演奏となった。気怠いムードのこのテイクも悪くない。判断は後日とし、カフェへの模様替えを急ぎ、本日はこれまで。

今夜も道路をコの字型に歩き「やきとり天神」へ。2日目の夜も同じように更けていくのであった。

つづく。

(注1)後日、尚之さんからこの曲に「WhiteBrown」というコーラス(というか掛け声)を入れたいとのリクエストが出た。しかしダビングしようにも、これだけのために久留米へ行くわけにもいかない。そこでトラベラーズの3人にオイリーズカフェで掛け声を録音してもらい、そのオーディオファイルを送ってもらうことにした。一発録りにこだわっているからといって、テクノロジーを否定するものではない。我々はケース・バイ・ケースという言葉の意味を知っている。
(注2)録り忘れ防止のため順番に進めたという説も。アーティスト、スタッフとも寄る年波には勝てず、忘れっぽくなってきている現実があるのだ(気分はずっと20代のままであるが)。特にK氏の物忘れ(言い忘れ)に対し、周囲のものはより深く注意を払う必要がある。これは今に始まったことではないが。
(注3)この間奏はあるアニメのワンシーンからインスピレーションを受けている(らしい)。これを聴いただけで元ネタが思い浮かぶ人は40代、それも後半に差しかかっていることだろう。ちなみに私はこのアニメを観たことはあるがそのシーンの記憶はない。

久留米レコーディングレポート~2日目(2)

2011年10月3日

〜そこに唄があるから〜

唄のマイクはバンドの輪の中から外れ、ベースのやや後ろにセットした。武田兄さんの後ろ姿を拝みながら唄う形で、ドラム、ベース、ヴォーカルがほぼ一直線に並ぶ。マイクは定番中の定番、Shure SM58。コーラスパートもあるので、石原さんにも同じく58を立てる。

唄う位置が少し奥まってバンドから離れてしまい、さすがに生声だけでは聴こえづらいということで、ベースとギターのところにモニター(注1)を設置(武田弟さんと藤井弟さんは相変わらずモニターなし)。こういった要求にも即座に対応する頼もしいH氏。有り難い。

前にもこのレポートで触れてきたように、今回はすべて「一発録り」を目指している。5人のバンドメンだけでプレイできることを同録、後で足したり引いたりはせず、いいテイクが録れるまでただひたすら全員で演奏する。これが基本的なルールだ(注2)。それはヴォーカル曲といえども例外ではない。

一般的なスタジオレコーディングにおいて、オケ録りを進めるときのヴォーカルはほぼ100%、後の差し替えを前提とした「仮唄(カリウタ)」である。それにはまだ歌詞がついてなく「ラララ〜」でメロディをなぞるだけの場合も多い。

たとえ歌詞付きで唄ったとしても、あくまで「ガイド」としての存在であり、それがそのままOKテイクとなることは稀だ。世に出るヴォーカルトラックの多くは、後のダビング、さらにその後の編集作業によってつくり出されている。巷に溢れているキレイでタイトなウタゴエたち。

そんなスキのないカンペキなものなど、ここでは誰も求めていない。もっと気楽な感じでいいのだ。トラヴェラーズをバックに気分よく口ずさんでいる藤井尚之、それを包み込むオイリーズカフェの風景。その一瞬を切り取った、スナップショットのようなテイクが録れたらいい。

なんとかなるだろうと楽観的に構えていても、実際にやってみるまでは一抹の不安が残る。ラフな感じを求めているとはいえ、CDとして商品になる以上、ある一定のクオリティはクリアせねばなるまい。この唄の出来次第では、今後のレコーディングプランの修正が必要になることも考えられる。

密かにここがヤマ場との思いを抱き、M3「ロンリー・シガー」録音開始。尚之さんの発声練習がてら、軽く何度か演奏する。テイク3あたりからか、声にツヤが出始めオケとの絡み具合もよくなってきた。いまにもOKテイクが録れそうな雰囲気が漂う。

それは5テイク目にやってきた。これはベストテイクだと確信し横を見ると、倉中さんも大きく頷いている。ヴォーカルとオケのチカラ加減が絶妙に融合したテイクが生まれた。

みんな集まりプレイバック。尚之さんはとても満足そうだ。もう充分唄いきった、という顔をしている。他のメンバーも概ねOKという感じだったが、もう一回だけトライしたい、との声を末房さんが発する。

これが最後と決めて6テイク目に突入。だがやはりピークは過ぎていた。

2つのテイクを聴き比べると差は歴然としており、満場一致でテイク5がOKとなる。このテイクは本当に素晴らしい。アルバムを象徴する1曲になったと自信を持って言える。

いいテイクが録れ、幸せな気分のままコーヒーブレイク。次曲のメニューはまたもヴォーカル曲。M4「Ritmo Sereno」。

つづく。

(注1)このモニターから出ている音はヴォーカルとコーラスのみ。6対4くらいの割合で出している。

(注2)あくまで「基本的な」ルールだ。柔軟な考え方もそれなりに持ち合わせてはいる。

久留米レコーディングレポート~2日目(1)

2011年9月28日

〜そこにドラムカンがあるから〜

昨日の大雨とは打って変わって、梅雨の谷間から覗く太陽が容赦なく照りつけている。アスファルトの上は真夏のような熱気だ。

集合は12時、まずはうどんの出前。それを待つ間にカフェからスタジオへと模様替えをする。12時セッティング、13時レコーディング、19時バラシ。おおまかに言えば、これが一日のタイムスケジュールとなる。

ほどなくして出前が届く。うどん、カツ丼の器が2段重ねになっている「カツ丼セット」が一番人気。腹ごしらえをしながら、今回のマイクセッティングをおさらいしておく。

Drums_末房央
Kick__AKG D112
SN__Shure SM57
Top(L-R)__Sony C-535P(×2)

マイクは全部で4本。KickとSNのマイク位置はほぼ固定、Topの2本は曲によってポイントを変える。Topマイクの距離感でサウンドが決定づけられるため、各パーツのバランスに注意してセッティング。

Upright Bass_武田圭治
AKG 451[old]
Line__DI[BSS_AR-116]
Line__武田氏所有のPre AmpのDirect Out

ドラムと近い距離にある生ベースの収音は大変キビしい。AKG414を立てたものの、ドラムの音しか拾わないので早々に撤収。駒のところに挟み込んだAKG451も似たようなものだったが、こちらは一応そのままに。414の撤収で空いた回線には、代わりにPre AmpのDirect Outをつなぐ。ベースから直接引いたLine(BSS DI経由)よりも音が太い。

Guitar_石原顕三郎
AKG 414EB
Shure SM57

マイク位置は固定。2本のマイクバランスは曲によって変えた。ダイナミックとコンデンサー、2種類のマイクを混ぜ合わせるサウンドは私の好み。

Tenor Sax_藤井尚之、武田真治
Electro-Voice RE20(×2)

ダイナミックマイクでありながらコンデンサーマイクの繊細さも併せ持つRE20。H氏のマイクコレクションにこれがあってよかった。サックスは全曲これで。味のあるちょっといい音が録れたという自負がある。

Room Mic
AKG 451[new](×2)

今回の主役はこのマイクだろう。オイリーズカフェの空気を記録する大切な役目を負っている。このマイクのお蔭で魅力的な空間を演出することができた。ただ欲を言えば、Upright Bassで使ったものと同じoldタイプであればベストだった(同じ451を名乗っていても、Padスイッチがついているこのnewタイプは全くの別モノ)。

Monitor Speaker(プレイバック用)

オマケにプレイバック用モニターを紹介。
一番上の写真で見ての通り、スピーカーはドラムカンの上に置かれている。タオルを敷いたり板を渡したり、それなりの努力はしているが、スピーカー台として相応しいものではない。「これでちゃんとしたモニターができるのか」という疑問がわいてくることだろう。答えはノーだ。無理に決まってる。しかしここでゼイタクを言っても始まらない。

ガラスで仕切られたコントロールルームは、もちろんここにはない。レコーディング機材はバンドのすぐ横にセッティングされている。よって録音中はスピーカーでのモニターはできず、ヘッドフォンで、ということになる。私と倉中さんは余計な物音を立てないようジッとして聴く。

通常のレコーディングでは、プレイヤーも同じようにヘッドフォンをして演奏する。しかし5人のバンドメンでそれをしているのはドラムの末房さんだけ。他の4人は生音オンリー。ライブなどで使われるコロガシモニターも何も一切なし。この環境で何事もなくプレイしている姿には少々驚きを覚えたが、よくよく考えれば、これが音楽を演奏する本来の姿なのかもしれない。

食休みも終わった。本日のメニュー1発目はヴォーカル曲、アルバム3曲目「ロンリー・シガー」から。いよいよ尚之さんが唄う。

つづく。

久留米レコーディングレポート~1日目(3)

2011年9月24日

〜そこにカベがあるから〜

M1「PIRATES』のファーストテイク。この一発目というものには、ある種独特の空気が潜む。奇跡的なテイクが録れることもあれば、全くダメなときもある。その差の激しさがファーストテイクの特徴だ。

前回ここでやったリハーサルはいい感じで終えている。それを土台にした今回の一発録り。サクっといいテイクが録れるのではないか、、、そう安易に期待していた。だが簡単にマジックなど起こらないのは世の常。奇跡とは待ち望むものではなく、舞い降りるものなのだろう。

さて録れたてホカホカのファーストテイク、そのプレイバックを皆で聴いてみる。しかしどうも何かしっくりこない。見渡すとバンドメンバーも浮かぬ顔をしていた。

なんだか音が硬い。問題の元凶はここにありそうだ。実音というよりも反射音、響きが冷たく感じ、ギスギスとした余裕のない演奏に聴こえてしまっている。あのやさしい空気に包まれたリハーサル時とは別モノ、居心地の悪いサウンドであった。

部屋もバンドも楽器も同じ。ではリハーサル時との違いは何か、、、。間違い探しはすぐに見つかった。それは遮音のためドラム前に並べた「衝立(ついたて)」だ。

通常スタジオで行なわれるマルチマイクでの録音は、カブリ音を減らす目的で、個々の楽器ごと扉のある小部屋(ブース)に入れることが多い。小部屋が足りないときは衝立で囲ったり、または同録せずダビングにしてしまうことさえある。音の差し替えを含めた後処理のしやすさを考えれば、そうなるのもやむを得ない。スタジオ育ちの私も、ついその慣例に盲従してしまいがちだ。

しかしそういった後処理の効率を度外視すれば、ほどよいカブリ音はあったほうがいい。オンマイクばかりの「点」で存在する音を繋ぎ、「面」さらに「立体」を作る効果が期待できる。キッチリしすぎない音像が魅力だ。数値化され画一化する近年のレコーディング環境においては、こうした計算ではない遊びの部分がより必要ではないかとふと思う。

ともかく問題の衝立を片付けてみる。もともと気休め程度、遮音性は無に等しいものだったのだ。何事も中途半端な小細工はいい結果を生まない。カベを取り払い、気分も新たに演奏再開。

効果は絶大だった。硬さを感じさせていたイヤな反射音が消えただけでなく、演奏者の視野が広がることによってプレイにゆとりが生まれた。オイリーズカフェの空間に溶け込む心地よいバンドサウンド。

この曲は全部で5テイク録り、テイク4が採用となった。差し替えなどエディットは一切なし、録ったままOKである(ミックスダウンは後日やるが)。

時刻は16時半をまわったところ。移動〜セッティング〜本番と続いた初日なので「お疲れさま」を望む空気も漂ったがそうはいかない。5日間で14曲(さらにジャケット、プロモ撮影)、明日からのことを考えるともう1曲は録っておきたいところだ。

小休止して2曲目に進む。アルバム曲順でも2曲目の「Night Flight」。M1と同じインスト曲である。これは難航を極めた。

7テイクまで進んでもバンドメンバーは下を向いたまま。やはり移動の疲れがあるのか、、。演奏のピークは明らかにもう過ぎてしまっていた。こういう時はヤメるに限る。余裕があるワケではないが、無理をするにはまだ早い。今日のベスト、テイク5をとりあえずのOKとし(決して悪いテイクではないのだが)終わることにした。

時刻はまもなく19時。手早く後片付けをしなければ、オイリーズカフェ本業に支障をきたしてしまう。レコーディングスタジオモードからカフェ営業モードへの転換だ。

なんとか営業妨害せずに転換を終え、カフェの外へ出る。激しかった雨はもうほとんど上がっていた。そのまま道路をコの字型に歩き、カフェ裏にある「やきとり天神」へ。焼酎を飲み、焼き鳥を喰いつつのミーティング。こうして久留米レコーディング初日の夜は更けていくのであった。

つづく。